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犬×看板は動物虐待

早朝、ベリーの散歩コースになっている近所の児童公園に行くたびに、園内中散乱しているゴミの酷さに驚かされる。そしてその犯行を行ったカラスの夥しい数に圧倒されてしまう。最近、そのカラス公害を食い止めようとゴミ箱に木の蓋を被せるようになったのだが、それすらも今では役にたっていない。賢いもので、上手に隙間から引きづり出してしまうのである。もはやお手上げ状態である。

公園管理に支障をきたすことに対しては、行政は素早い対処をするのものだが、ことカラスに対しては全く無力である。法的・物理的処置の扱いが難しいものに対しては行動が鈍る。予防策を講ずることが出来ずに清掃という事後処置にだけ頼るはめになる。その逆に、事前処置し易いものに対しては、機敏に対処する。そのいい例が犬の入園禁止である。少しでも苦情が入ると、極端に言えばその翌日からでもそうした処置をする。公園を利用する立場で言えば、犬の飼い主という立場を離れても、何とかしてもらいたいという要望のプライオリティは”犬問題”よりはるかに”カラス公害”の方が高いはずなのに。

さて、その児童公園であるが、入口等に、公園を利用するためのルールが書いた看板が設置されている。危険な遊びを禁止するものやゴミに対するマナー等と並び、「犬を公園には入れないで下さい」との一文も目に入る。子供にも分かり易いようにと”犬はダメ”のイラストまで付いている。この看板はどうにかならないものだろうか。何故いけないかの理由などなく、ただ単に「犬は入れるな」だけである。これでは、犬は悪いものと小さい子供の頭に擦り込まれてしまう危険性がある。これはあまりにもまずい。

禁止処置に至る経緯は、糞を放置した、咬傷事故が起こった、吠えてうるさいといった諸々の原因による住民からの苦情である。確かにこういった原因を並べられると禁止処置もやむを得ない気がする。しかし、間違ってはいけない。悪いのは犬ではなく、犬を管理する人間だということを。糞を始末しないのはもってのほかであるが、吠えたり、噛みついたりといった問題行動を犬が起こすようになるのも、要は人間側のしつけの問題なのである。こうした本質を端折り、犬の体に×が書き込まれたイラスト看板を設置するなど、精神的動物虐待以外の何物でもない。これを子供たちにどう説明するというのか。

「うるさく吠える犬は他の人の迷惑になるから入園禁止です」「噛み付くおそれのある犬は危険ですから入園禁止です」「犬の糞を放置した人がいたら注意しましょう」「子供や老人が大勢いる時は、犬との入園を自粛しましょう」、こういった内容であれば、誰も文句は言わないはずだ。これなら飼い犬に自信を持っていない飼い主以外であれば憤慨することもない。子供にも説明がつく。こんなことは簡単なことなのに行なおうとしない。

行政側にしてみれば、一律禁止とした方が楽なことは言うまでもない。事故や問題が起こった場合、責任の所在が明確であるからだ。細かい基準を設ければ、グレーゾーンが生じ、行政責任を問われてしまう危険性もあろう。管理者が明確なのも犬をやり玉に挙げる理由の一つだ。狂犬病予防法に基づき、犬を飼えば登録を行なうように決められているからである。また、ペットとしての数も他に比べ圧倒的に多いことから象徴的意味でも俎上に載せ易い。

しかし、現実的には、公園管理者が常駐していない児童公園等では、看板は全くもって意味を為さない。冒頭でも述べたように、私自身、いや大概の飼い主もそうであるが、その散歩コースにこういった公園を利用するからである。もちろん、早朝もしくは夜遅くといった時間帯に利用するなどの配慮をしていることから、他の利用者、特に子供の迷惑になることはなく、また、糞の後始末は暗黙の了解事項でもある。

実態にそぐわない名目だけの条例適用は即刻中止すべきである。それが無理なら子供にも説明が付くような看板に改めるべきと考える。それすら出来ないなら、もはや動物愛護の精神がない行政と糾弾される時が遠からずやってくるだろう。

1999-03-11


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