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犬と銀の関係

犬を飼い始めた頃は、サークル、首輪やリードといった、いわゆる必需品を買い揃える楽しみがあった。そういうものが一段落すると、次は犬にとって有益である(と勝手に思っているだけであるが)ものに目が移る。蚤取り器だの、犬用の蚊取り線香だの、ゴングと名付けられた変な形をしたボールみたいなものだの、である。

そうこうしているうちに、今度はベリーがラブラドールということで、ラブもの、とりわけ黒ラブグッズを漁るようになる。これはもう飼い主の自己満足以外の何物でもないが、この段階の消費意欲が今思えば一番旺盛だったから始末におえない。行く場所ごとに何かないかとキョロキョロする。アラモアナ・ショッピングセンターにラブラドールの専門店があることを聞きつけた時、いてもたってもいられず現地に飛んだほどである。気が付けば、置物に始まり、絵、遊具、文具から衣類の類に至るまで、そのへんの店よりも品揃えが豊富になってしまった。しまいには娘から「バカ犬と犬バカ」と呼ばれるようになる。でもそれは熱病だった。今では首輪とリードとブラシとスーパーの袋さえあればいい。それにベリーが公園から拾ってきた大好きなボールと。

そんな忘れ去られたコレクションの中にあって、今でも大切にしているものがある。純銀製のドッグタグである。宝飾品の輸入会社を経営する友人が扱っている商品の中から、四つのホールマークが刻印されたスターリングシルバーの板を見つけ、欲しくなったものである。日本橋の彼のオフィスには名前などを金属に彫ることが出来る刻印コンピューティング・システムがあり、それでこの板にベリーの名と我が家の住所、電話番号など、つまり識別情報を彫ってもらえればドッグタグに早変わりすると考えたからである。もちろん世界でたった一つのオリジナル・グッズ。

ドッグタグといっても、本来の意味は軍隊の識別票のようなもので、戦場に赴く兵士の身元を証明する名前、住所、血液型、階級などが記されているものをいう。それが何故ドッグと冠されているかは不勉強で分からない。とにかく、その2.5cm×4.5cmの板に刻印されたものを手にした時、シルバーものと犬はよく似合うな、との印象を持った。共通するものを辿っていくと、共にイギリスに通じるからなのだろうか。

その友人の親友である英国人彫銀アーティスト、ピーター・クランプのお宅におじゃました時、私の持った印象なるものが証明された。彼の工房で見た作品のモチーフの多くに”犬”、それも英国縁の犬種のものが用いられ、そのどれもが今にも動き出すかのようにイキイキとしている。銀が放つ独特の輝きが、作品に生命を吹き込むかのように。

彼は、ロンドンから北に150km程のメルトン・モーブレーという長閑な田園地帯に住む。築二百年は経つという重厚な石造りの家、愛犬ロッキーとジニーという二匹のゴールデンが思う存分走り回れる広大な庭といったイギリスの原風景に囲まれた環境で、英国の銀工芸の伝統を引き継ぎ、それをアートにまで昇華させた作品を生み続けている。

英国人は犬を愛し、そしてこだわる。ケンネルクラブの発祥の地であり、多くの種をブリードし、その特性を守ってきた。銀に関しても、スターリング家の昔から素材、製造ともに頑なに伝統を守り通してきた。その二つの要素がベストフィットした現実をピーターのところで目の当たりにしたわけである。犬と銀という、英国人が愛しこだわる二つの要素は共にひかれ合う性質を持っているのだとピーターを見て実感した次第である。

件のドッグタグであるが、実は本来の役目を果たせないまま、私の手元にある。ベリーの首輪に付けてはみたものの、後脚を使って外そうと何度ももがいているのを目撃したからである。一度はそれを噛みきろうと顔を歪めて頑張っていた。残念ながらベリーには、気に入ってもらえなかったのである。それでも私は、犬と銀はよく似合うもの、と、今でも思っている。

1999-04-02


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