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人間プラスアルファの視点

都会の街並みの景観を損ねているものに電柱がある。そこから各建物に張り巡らされた雑然とした電線がそれに追い討ちをかける。電柱の不評は美観だけではない。狭い道路事情を考えても、電柱の存在は時に通行の障害という危険をもたらす。そのため折りに触れ電柱の地中化なる計画がもたげてくる。しかし、犬、とりわけ牡犬を飼っている方にとっては、電柱は必要不可欠なものである。言うまでもなく犬同士の掲示板としての機能を果たすメディアであることを毎日体験しているからである。これが無くなれば、家の塀や外壁が今以上にその対象となる。これは様々なまずい結果をもたらす。

犬を飼っている私ですら、見ず知らずの犬に家の前で排尿されると、正直言ってあまりいい気持ちはしない。これが犬を飼っていない、ましてや犬嫌いの方であれば、その不快感の程は想像に難くない。マーキングという行為が犬の生活にとって必要不可欠のものである以上、何かがその対象物として存在しなくてはならない。例えそれが美観を損ねる電柱であっても。

実は、ここに犬と社会を考える本質が潜んでいる。人間の視点、人間の感性といったものは、必ずしも犬(他の生物を含む)にとって有益であるとは限らない。むしろ反比例する方が多いだろう。都市が人間を中心に発展してきた経緯を考えれば、人間の視点こそが重要で、そしてそれがもっとも合理的な考え方であった。しかし、ここまで成熟化してきたならば、違った視点を模索するといった行為が求められる。換言すれば、人間が中心であるがそれ以外の配慮も忘れない人間プラスアルファの視点ということになろう。

人間の視点といっても長い間それは健常者の視点だった。街の至るところにある段差がそれを雄弁に物語っている。最近になって漸く障害者にやさしい街づくりを心がけるムーブメントが広がってきたのは前進だが、こうした流れを人間以外にも広げることが真の共生社会と呼べるのではないだろうか。

電柱の話に戻そう。仮に地中化が決定されたとしても、人間プラスアルファの視点から、犬の飼い主であれば、電柱の代替物としてマーキング・ポールを設置するよう声を上げるべきである。電柱と違ってそんなに高さが要るわけではなく、また犬のマーキングのために供されるものだから電柱ほど数が要るわけでもない。コンクリート製や金属製でなく、堅いゴム製のものであれば、安全面でなお良い。また、堂々とマーキングできるものが設置されれば、飼い主が他の場所でやらせない配慮にも繋がる。

プラスアルファの視点とは、プラスアルファに対するインフラを伴うということでもある。従って、マーキングポールの設置も自治体の公共投資の一環となろう。人間の視点だけであれば、こうしたものに税金を注ぐことは現実的な話ではないだろうが、プラスアルファの視点であれば理論的には可能となる。しかし、側面からの支援は必要であろう。

犬の飼い主は、犬を飼うということで多大なる出費を強いられる。裏返せば、食費、医療費、用品費といった支出は、そのままペット業界の売上げに貢献しているわけである。従って業界による社会責任を果たす面が納税以外にも求められよう。ペットボトルがゴミではなく資源として回収されるようになった東京ルールは、区民・事業者・行政がそれぞれ役割と責任を分担する資源循環型のシステムであるが、こうした三位一体の関係がペット業界と行政、飼い主の間で確立することこそ、望ましい。

一例としてはそのマーキング・ポールを広告メディアとして活用し、そのスポンサーになるということも考えられるだろう。このメディアのスポンサーになれば、社会貢献に一役かっている企業とのアピールが出来るし、散歩のたびに目にするその広告は、インターネット上のバナー広告など比較にならない広告効果を生む。なぜならその広告を目にする消費者は、既に絞り込まれた特定消費者であるからである。

人間プラスアルファの視点は、こうした事例以外にも多くの場面で求められよう。なぜなら、犬を飼う人がこんなにも多く、かつ犬を飼うことが多大なる効用を生むということを我々は既に知ってしまったからである。

1999-04-22


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